おとなの勉強会

勉強会といっても一人ですけれど、興味のあることを書いていきます。

国会議事録を読む/第001回国会 隠退蔵物資等に関する特別委員会(その2) 水あめ事件①

隠退蔵物資等に関する特別委員会について

特別委員会は1947年(昭和22年)07月26日から12月01日まで23回に渡って開かれた。幾つかの事件が委員会で取り上げられた。その中で最初に東京都内で摘発された水あめに関する委員会でのやりとりを取り上げる。発端は下記の世耕弘一発言からである。

 発端

それからもう一つ、お尋ねの官庁が干渉したという事柄であります。これは昨年【1946年=筆者注、以下同】の十二月に私は水飴を警視庁管内で、水飴の量にいたしまして約十四万貫【1貫=3.75kg、525トン】ばかり摘発いたしました。時價にいたしまして六千万円と踏みました。警保局を通じまして、警視庁生活課にその摘発を要求したのでありますが、正規のルートなりと称して採用しなかつた。やむを得ず私は目白の署長に命じて摘発開始をいたしました。「ところが、途中で政務次官【世耕】はあんなことを言うが、それをやるのはやめろと命令が出たために、署長は遂にその摘発を途中で放棄するに至つたのであります

ゆえに私は街の顏役を使つて強引に摘発をいたしました。摘発を終ると同時に関係者が參りまして、あれは正規のルートに乗ったので、摘発されては困るという注文でありましたから、私はその答えに対し、正規のルートによつて退蔵しているという一応のあなたの言葉は受け入れるが、水飴およそ十四万貫にもあたるような莫大な量を今日退蔵しているということが、あなたは道徳的犯罪とは思わないか、戰災者、引揚同胞の多くの子供が一かけらの飴すらなめられず、困つていやせぬか、あなたはそういうものを退蔵し温存することは、すなわち公定価格の値上げを待つのではないか、しからざればやみに流す道だけしかないと思う。殊にあなたは正規のルートによつて購入したと言われるが、はたして正規のルートによって入手したのかどうか、その原料購入の筋をあなたは説明できるかと私はつつこんだ。(中略)

それ以來警視庁とは私は正面衝突をした、私はかように考えております。なお警視庁管内において、よからざる官吏のあることを私は某方面から存任中に資料を得ましたので、特にその資料をもとに、警視庁の当時の官房主事に厳重な調査並びに不都合なかどがあれば処分するよう要求したことが数回に及んでおります。先ほど申しました強引に反対を押し切ってやつたというのは、かくのごとき事実を指したのであると御諒承をお願いいたします

 

今から眺めると

このくだりを読んだときに、最初にいくつかの疑問が浮かんだ。一点目は当時のお金にして500億円とも言われる物資が行方不明になっているのに、なんでいきなり水あめなの? と言う点、腐った官吏がいるって言うけれども、本当なの? そして世耕氏は堂々と「街の顔役を使って」と言うけれども、それって一体誰? そもそも政務次官と街の顔役がそんなに堂々とツルんでいいの? と言う点だろう。

 

当時の世相

舞台は1946(昭和21)年8月頃の東京。戦後一年を経て問題となっているのは深刻な食料危機とパイパーインフレ。政府は同年2月17日に状況を打開するために、「金融緊急措置令」、「食料緊急措置令」、「隠退蔵物資等措置令」を施行した。つまりインフレの原因となった市中の通貨量を引き締め、農家などにあった食料を放出させることを目指した。

当時は物価統制の時代である。公定価格が決められていたけれども、その価格で取引されることはまれで、ヤミ屋が横行して、公定価格の何十倍もの価格で生活物資が取引されていた。

警察はヤミ取引を一掃すべく、1946年8月1日露天商の一斉摘発を行なった(8・1粛清)。けれども世の中には不公平はつきものである。小売の「まともな」露天商は取締られるけれども、ヤミ屋に流れ出すモノは後を断たない。元締めようなワルがいて、一部のお役人と結託して甘い汁を吸っているのではないかという不満があっても不思議ではない。

証人の一人に清水清という人がいる。この人は警視庁目白署管轄内で露天商を営む人だ。何と目白署から隠退蔵物資の調査員として東京都発行の第一号の証書を貰っている。交際範囲も幅広い。世耕のみならず、極東会と言われる当時とても大きな組織の親分で、関口愛治なる人物と兄弟杯を交している仲でもある。


水あめ事件のあらまし

この清水が水あめの大量の隠退蔵を堀切にある岩崎澱粉化学工業なる会社の倉庫にあることを発見、告発したことが発端となる。

この堀切は本田署の管轄である。だから本田署に告発するのが筋であるのだけれども、本田署は腐り切っていて、告発しても揉み消されるという判断があって、清水の住まいである目白署に行った。まだ目白署の方がまともらしい。

管轄外の事案だからと目白署は警視庁の生活課に相談し、了承を得た上で岩崎澱粉工業の倉庫を調査したところ、水あめが7,780缶(約178)保管されていることを確認した。

しかしながら、この水あめなのだけれども、「隠退蔵物資等緊急措置令」での指定物質ではない、ということが判明する。だから法的に水あめを摘発することができないということで、摘発は行なわないということが決定した。

収まらないのは清水である。彼は兄弟杯を交した関口を伴なって、世耕を訪問する。世耕は警視庁に摘発の「通知書」を出し、この間のいきさつについて報告にまとめるように要請、警視庁生活課小杉課長は要請に応じる。

小杉課長の判断で、水あめ自体の保管は違法ではないものの、このままでは横流しされる可能性があるとして、工場に任意の供出を促す。課長は東京都経済部教育局に相談し、7,780缶のうち4,500缶を東京都庁に引き渡しの決定を行なう。

以上が「隠退蔵物資等特別委員会議事録第6号」にある目白署有田署長および警視庁生活課小杉課長の証言である。


不透明な摘発

この水あめ事件で衝撃の告発がされていることが明らかになる。問題となった本田署の現職巡査による告発文である。

謹啓
暑中の折ますます御健勝にて奮闘の皆樣に深く感謝申し上げる次第であります。

今日新聞紙上にて拜見いたしました堀切町の岩崎澱粉工場に對する水あめ事件に對しまして小生現職警官として証言申し上げます。

事件の当時関係せる田中署長の命により岩崎澱粉工場より水あめ小缶、約三百匁ぐらい入りの缶、全署員に一個配給したのであります。代金未納で、当時の幹部はわれわれ巡査の倍くらいずつとり、署員の非難の的になつたのであります。

水あめの配給は本田署ばかりでなく本庁あたりは一人三百匁くらい、亀有署も一人二百匁くらい配給したのであります。配給も公平にすればだれも文句を申しませんが、幹部なるがゆえに多くとるとはまことにけしからぬのであります。私はここに水あめを会社から取上げて、全署員に配給した事実を証言するものであります。

 

マジかと思ってしまうのは、そもそもこれって隠退蔵物資を警官がネコババしたことが書かれているわけであるけれど、そのバラマキ方が不公平だとブチ切れて告発しているわけだ。そこまで当時の警察は腐敗しているということなのだろうか。

実際目白署の摘発には、以下のようなやり取りがあった。岩崎澱粉の専務である岩崎の証言。

初めにおいでになりましたのは、ただいま御質問のありました目白署の矢野巡査部長並びに警視庁の阿部巡査、もう一人の方につきましては、……(中略)……私名前を存じませんで今初めて伺いましたので、かりに武永さんといたしますが、その方が私に対して目白署管内に三百本ばかり出してもらいたいというお話がありました。私は一体目白のどちらにお出しになりますかとお尋ねしますと、管内の子供に分けてやりたいということでありました。そういういいお話ならば配給組合に理由書を出して、配給組合が認めれば私の方としては喜んでお出しいたしましようと申したのであります。ところが配給組合を通じないで直接目白へ出してくれというお話なので、私はその点につきましてはお斷りしたのであります。それでその日はそのままお歸りになりました。

この武永と言う人は先の清水と同業のようで、露天商の仕切り役みたいなことをしている。摘発に民間人を帯同させる警察官の感覚が今からするとあり得ない話だ。

当時渋谷事件と言われる抗争があったように、日本の警察は自力だけで治安維持は保てずに、やくざの力を頼ったという面もある。そもそも隠退蔵の問題の根本はお役人の腐敗に原因があるのだから、彼らに摘発をさせたところで、横流しが増えるだけだという考えもあって、調査員として民間人を採用するという動きもあった。先に述べた清水清が隠退蔵物資の調査員を務めているというのもそのような流れからである。

 

世耕との対立

警察関係の小杉、および有田の証言は世耕との真っ向から対立している。議事録を読んだ印象だけで言わせていただくと、世耕は少し大言壮語のところがあり、隠退蔵の事実は間違いないとしても、その発言で現場を混乱させているだろうなということは想像がつく。実際のところ世耕は官僚の世界でひどく嫌われいるといった発言が散見される。

 

内容 世耕発言警察関係発言(有田、小杉)
水あめの摘発量 14万貫または16万貫(600トン) 7780缶(176トン)
水あめ摘発の警察の態度 官僚の妨害があった。 誠意を持って対応した
水あめ摘発の経緯 関口の陳情による、警視庁に申し入れるが調査は進まず、目白署に直談判し調査を開始するが、本庁からの中止命令あったために、世耕は岩崎に直接供出するように申し入れる。

露天商清水からの情報提供、管轄外ではあるが摘発を行なう。法的には隠退蔵物資ではないと判断。関口の来訪を受け世耕の元に行く。報告書を出すように世耕に命じられる。本来ラインではないので報告書を出す筋ではないが、警視庁生活課の小杉の意向もあり世耕に報告書を出す(有田)。

摘発物資の処理 世耕に一切の報告なしに処分した。その処分に疑惑を抱いている。 (有田)調査を打ち切ったので知らない。(小杉)東京都に引き渡したので、東京都にその処理を聞くべき。

 

黒幕の暗躍

武永は委員会の証人として呼ばれる。彼は同じく柴田と一緒に隠退蔵物資を探していた。情報を世耕氏に持ち込み、摘発が成功すれば一割を報酬として貰えるとあて込んだ。

ここからがあやふやな話になり、委員会でもはっきりしないのだけれども、どうやら岩崎の方でも色々活動があったらしい。相談したのは政治家である大久保留次郎である。清水は水あめ事件が騒ぎになった頃、警視庁の小杉課長の部屋に大久保が入っていくのを目撃している。

時を同じくして、極東会の親分である関口から清水を介して武永と清水に対して三万円もの金が渡された。現在の価値に直すと120~130万円ぐらいだろうか。水あめ事件の調査で生活に困窮している武永らに対する慰労金であるとのことである。両者はこれを政治家である大久保(この当時は落選中)からの金だと察した。

何故ならば岩崎側が水あめ事件の幕引きに大久保に相談したとの噂があったからだ。こんな金は受け取れないと、武永と柴田は大久保に会い、金を返還しようとするが、大久保もガンとして受け取らない。そんなやり取りが委員会で明らがになる。

ざっとチャートにすると下図のようになるのだろうか。

 

f:id:tatutb:20160427101548p:plain

 

 つまり世耕に代表されるような、水あめ摘発の流れがあり、それに対抗する裏の流れがあるようである。この事件はウラとオモテが交錯し、政治家、官僚、ヤクザやテキヤが入り乱れた状況となっている。ちなみに警視庁生活課の小杉平一はのちに関東管区警察局長、中国管区警察局長、皇宮警察本部長を歴任したキャリア官僚である。

 

tatutb.hatenablog.com