おとなの勉強会

勉強会といっても一人ですけれど、興味のあることを書いていきます。

国会議事録を読む/第001回国会 隠退蔵物資等に関する特別委員会(その4宇都宮事件①)

特別委員会の性格

加藤委員長(筆者による抜粋、旧仮名を新仮名に変更、以下同様)

法律に規定されている範囲では(中略)この委員会には法律上の処分をする権限はない。 従って もし証人なり参考人に出頭を求めて――もし出ないならば、なぜ出ないかを明白にして、社会に発表して、社会的の制裁もおのずから加わるという方向に、この委員会としてはもつていくべきである。それ以上は今日のところ権限がないのです。

 もともとこの委員会はこのような機能しか持っていなかった。だから出てくる証人は何を言おうと、その発言について何ら責任を問われることはなかった。これでは鋭い追求ができるわけではない。
 筆者自身、この議事録を読み始めた時に最初に浮んだ疑問点はその点であった。たとえばロッキード事件の記憶などから、議会で喚問された証人が虚偽の証言をしたときは偽証罪に問われるのではないかと思っていた。「記憶にございません」を連発した証人が世間を騒がせたけれども、それは偽証罪に問われないゆえの発言だったはずである。
 調べてみると、その議院証言法が制定されたのは昭和22年12月23日であり、本委員会は同年8月だから、嘘を言ったとしてもそれを取締る法律はまだなかったのだろう。
 当然のことながら、証人たちののらりくらりとした応対にこちらもじれったい思いもするけれども、反面法的な制裁を受けないということから、思わぬ発言が飛び出したりする。一見それはトンデモ発言のようでいて、発言の背景にあるものが浮き出てくるようで非常に興味深い。

 宇都宮の事件

 今回扱う栃木県宇都宮市の事件もまた世耕による発言を端を発している。

世耕君

 実は最初栃木県に多数の物資があるということの報告を受けましたので、県庁に照会いたしました。さようなものはありませんという返事であります。そこで情報を提供してまいりました船岡、関山の両名を喚び出しまして、やかましく言い渡したのであります。ところが絶対にさようなことはない。現場調査をしてくれ。かような話でありまするから、私は弁護士二人をつけました。そして船岡に案内せしめて栃木県庁に行ってもらった。県庁にまいりましたところ、係官は前私の照会に返事をよこしたごとく、ないという返事であつた。

 東京から検事の紹介をもらっておりましたから、その紹介をもって検事局に連絡をとった。そして捜査を開始したのであります。当時の公定価格にして約三億円ばかりの物資がとにかく出て来た事実が報告されて来たのであります。県庁にはその物資がどういうふうに処理されるか十分調査するまで移動するなという電報を入れておいたのであります。そのうち隠退蔵物資の委員会が開始されまして、再調査に行つたときには、当時封印をして来たその品は皆開封されて移動されておったという報告が来たのであります。二度目の報告には、あれは県庁は特殊物件であったからやったのだというふうに係りの者から報告しております。私は検事局の手によって

一応封鎖取扱をしたものに、私に一言の挨拶もなく県が勝手に処理するということを責めておいたのだが、そのまま私は副委員長をやめたから、その後の追究はいたしませんでした。しかしながら検事局にはなおこの真相を調査すべく依頼もいたしました。また他の関係筋にも厳重調査を進めていただくように願ったのであります。

 この事件が委員会で問題とされた点は次の通りだ。鍛冶議員の発言を引用する。

鍛冶委員
 腑に落ちぬと思っておるのは、検事が封印をして来たのを警察官が破棄したと言われる。これはちょっとわれわれとしては常識上考えられぬので、どういうわけであったか。同時にその封印したる検事、そうして破棄されたのはどういう手続でどうなつたのか。それと警察官、これらも一緒に喚ぶ方がいいと思います。

 最初に喚ばれた船岡証人は弁護士であり、この栃木県事件の情報を世耕に与えた本人である。長くなるが引用する。

船岡証人
 昭和21年の10月ころだったと思いますが、私が商売の取引上セメントの詐欺にひっかかった。金を取った会社では栃木県に品物があることについて、これを隠退蔵であるかどうか、政府の正規のルートに乗せたいために活動しているから、この品物を出した上で初め払う、じゃその方に私も援助しようということになりましたけれど……

 おいおいこの人本当に弁護士かと、最初の証言にびっくりさせられる。弁護士資格を持つ証人はセメントに関する詐欺を受けていて、その金を返還してもらうために栃木の隠退蔵物資を紹介されたと言う。つまりその隠退蔵物資を正規のルートで払い下げてもらい、それを闇ルートでどこかで売り払えば利益が出て、その一部で金を返すという儲け話だ。
 これって典型的な詐欺師の手口で、相手に乗せられて余計に傷口を広げてしまう被害者の典型的パターンと思う。けれどもそれをはっきりさせることは委員会の本筋ではないし、誰もそこにツッこみを入れる議員はいない。

船岡証人(続き)

……栃木県に私自身が行きまして調査した結果、どうも隱退蔵らしくない。

 こういうふうな最初の考えでありましたが、芳賀郡の関利明、この人の所へ行けば品物が必ずあるというふうな情報に基いて調査したところが、埋没のドラムカンを発見し、これが隱匿である、確固たる信念をもって当時の政務次官世耕さんにお話申し上げ、溝淵経済防犯課長の紹介状を持ちまして、栃木県の警察部長、経済防犯課長に面会したのであります。

 次に昭和21年12月27日経済部長と経済防犯課長にお会いして、私の情報を提示したところが、この情報であるならば全部調査済みである。品物はない。こういうふうなお話があったものですから、私は断じてある。この警察部長にお会いした時のまず最初の感じは、おどし文句で引かかってきてこの隱退蔵物資の摘発を中止させんとした。ここにまず最初に官僚の腐敗というやつを発見したのであります。

 次いで翌年1月8日に私が経済防犯係長の稲見警部に面会した時、いろいろな都合があって1月13日になれば摘発に協力しよう、という話でありました。

 ここにおいてすでに品物が最初はないと言ったけれども、ここにあるならば協力しよう、私は日がだんだん延びるにつれて品物が動く。ついにその報告を当時の政務次官の世耕さんのお話して、これではいけない、実際に品物は出ない。こういうことで検事局の方へ紹介状をもっていきまして、ついに検事局と摘発をやることになったのでありますけれども、第一着手として心証を握るために、22年1月15日に宇都宮次席検事の眞子検事、高橋検事、あるいは本日ここに証人としておられます濱田弁護士、それと私が城山村の石下商店、ここにトラツクを乗りつけて行きました。

 そのとき高橋検事、溝淵検事は事実ここの家には品物があるという確固たる心証を得て帰つて来た。そういう信念をもつて宇都宮検事局では1月20日から一斉に調査に乗り出したのであります。そして4日間にわたり検事局と一緒に調査をやりました。所轄の官憲もこれに協力してくれた。

 なお私は封印した結果を東京の方に連絡せられた浜田弁護士にお願いして、一日も早く品物を処理するように依頼したのであります。また宇都宮の次席眞子検事も一日も早く品物を処理するようにとのお話であったのですが、どうしたことか中央の方では処理に来ない。このために封印したところの品物はなくなったのであります。

 魑魅魍魎の世界?

 この証言中に封印した品目のリストが公表されている。詳細は省くけれども、主として衣服類がトラック数十台分封印されたということだ。
 実際のところ、隠退蔵物資が出てきたところで、一部を分けてくれないかとセコいお願いが栃木県警の課長に暴露されてしまっていて、それはそれでご愛嬌なのだけれども、まぁこの船岡という人物は怪しい匂いがプンプンする。
 どうも脇道にそれてしまうけれども、今回議会で問題となり、委員会の議題となったのは、検事が隠退蔵物資のおそれありと封印したのを勝手に警官が封印を剥してしまったのではないかという疑いである。

摘発した検事の証人

 議会の証人として当時宇都宮の検事であり、摘発に立ち合った花岡が証言している。

小島委員

 その封印が後日に至って破れたということを花岡君は言っておられるのですけれども、検事局はその事実を御承知でしようか。

花岡証人

 破れたということは私は全然関知しておりません。私の方で封印して、警察に命じまして、隱匿物資であるかどうかということを調査させまして、ないということを認めまして、警察を通じて封印を解除したのであります。その前に封印を破棄したということは私は全然関知しておりません。もし封印を破棄したような事実が私の方の耳にはいりますれば、これは刑法上の封印破棄罪として、警察官であろうが、何であろうが、断固検挙するはずであります。

 いかにもお役人らしい木で鼻を括ったような態度に終始するわけだ。さらに花岡検事の上司、隠退蔵物資摘発の総指揮を担当した人物である眞子が証言として喚ばれる。

眞子証人

物の処分についてまで検事があまり差出口をすることは非常に越権でありまして、それぞれの機関に向つて助言することができると思いますけれども、それ以上ああしろ、こうしろと具体的に指図することは、権限もなければ、言うことも妥当でもないと考えまして、そういうことは行政機関に向って言っていないのであります。

  問題となるのは一度摘発し封印した物資が、その後の調査で不法ではないということでほとんど全て解除されてしまったと言うことでありそこに不正はないというのが宇都宮検事局の見解だ。

 隠退蔵物資摘発に当たり、検察の役目は二つあるはずである。一つ目は不法に物資を隠退蔵した当事者を起訴すること、二つ目は隠退蔵した物資を適正ルートで処分することである。検事の言い分によると検察としての着目は一つ目であり、二つ目の物資の処分は警察や他の団体に任せたと言う。

 一度封印した物資を調査して、違法は認められなかったので開封した、証人が言っているのはそれだけである。違法が認められなかったので、検事の出番はない。それは理にかなっているのかもしれないけれども、それについて委員たちは執拗に問い質す。物資がある以上、それを困窮する社会に活用するのが目的であり、それを見極めなかったのか。適法と認める判断に問題はなかったのか? 違法が認められなかったからといって県に払い下げたとしても、その価格は正当だったのか、そこに何か不正はなかったのか? 眞子証人は違法がないのだから検事として仕事のやりようはないという一点張りである。

 恐らく隠退蔵物資摘発の難しさはここにある。例えば摘発対象の物質が覚醒剤であったり、麻薬だったりすれば、その「存在」そのものが法律違反なのだから、取締監督官はその違反物質を扱った人間を検挙し、違反物質そのものの「存在」を除去する、その二つのことは同時に行なわなければならない。

 だが隠退蔵物資は勝手が違う。物質のその扱い、その由来が違法なのであって、物資そのものの「存在」は違法でもない。問題となっているのが衣服であったり、ガソリンであったり、違法か合法か見た目ではわからない。

 所有者も海千山千、色々な言い訳を言い出してくる。まして警察や役所がグルであれば余計に面倒くさい。いざ取締ろうと思っても直面するその難しさは理解できるけれども、それにまたつけこんで横流ししたりする悪い奴がどうやら官僚の中にもいるらしいということが問題なのだ。

 現実問題として摘発物資が隠退蔵物資であるかについてはなかなか難しいと言うことは何となく理解できる。軍関係物資と判ったところで即隠退蔵物資だと認定されるものでもない。戦時中に軍関係の仕事を請け負っていて、その代金の代わりに物資を受け取ったと言えばそれまでである。

 つまり判断の微妙な物資もあるだろし、それを見越して欲得絡みで捻じ込んでくるウルサイ人達もいるだろう。また進駐軍の問題もあり、彼らが接収されたもの、接収解除されたもの、そのようなものがいろいろ入り組んでくる。

 しかしながら当時の国民感情として、軍関連物資を横流しして闇市場で売り払い巨額の金を儲けている人達を許すことはできないというものがあるし、それと官僚、警察関係者が絡んでいるだろうという疑いも根深くあるわけだ。

本多委員

 それは当時軍の保有していた物資が無責任に非合法的に非常に乱脈に分散したという事実、それから軍が委託していた委託物資の残品があらゆるところに残っていたはず。こういう事実は国民ひとしく認めるところである。特に栃木県においては軍需物資は多かったはずである。

 それら無責任に非合法的に分散したものは、ことごとくルートに乗らない隱匿物資であるはずであり、かつそれほどの評判になっていた栃木において、警察でなく検事局まで大活動をして物資を封印されて、調べた結果が一つも隱匿物資はなかったということで、封印は合法的にこれを解除したのであるというようなことで、はたして今日の国民の常識として、警察の調べも、検事局の調べも信頼すべきものであるという感じを与え得るか否かという点であります。

 この点について私どもはむしろ今日その封印が合法的解除されていようと、非合法的に破棄されていようと、その点よりも一遍押えた物資――押えない物資はより多いと思いますが、押えた物資が一つも隱匿物資にあたるものはなかったというその結果が、これがその適正な調査の結果であると言うことができるかどうか。

 だが封印解除の問題についてこれ以上証言を求めても無駄という雰囲気になる。だからと言ってもただ問題は残る。つまりどのような経緯があったにしろ、警察は一度封印した物資を、隠退蔵物資でないということで封印を解いた。そのプロセスに何かキナ臭い問題があるのではないかということだ。

 隔靴掻痒の感は否めない。委員会の議員たちの元には不正に関する投書が連日寄せられるらしい。結局次のような提案が委員から出される。

水田委員
 栃木県の問題については、いろいろ疑問がありますし、たとえば今市の会社のごとき摘発されたとき畑の中にはいっておって、一つ一つ掘出されたガソリンが三百本もあって、それが県の処置になると、隱しておって地下から掘出したものでも、合法的に前に運賃としてもらっておったものであるということになるから、土地の人も疑問をもって投書をよこすということになるのであって、現地出張で二人くらいやって、現地を調べてきてもらって、報告してもらった方が疑問の晴れるような的確な調査ができる。この問題だけは、特別に調査委員を二人くらい現地に派遣したらいいのじゃないか。


 水田委員の動議は採択され、栃木県に委員を派遣することになる。つまり検事の木で鼻を括ったような証言では委員会の疑念はまったく拭えていないことになる。

官僚の反撃開始

 宇都宮事件は最初に世耕による官僚批判、つまり隠退臓物資摘発に関し、サボタージュ、妨害を行なっている悪徳官僚がいる、という批判から始まった。そして摘発に当った検事らを証言に喚びその不正の有無を追求した。検事たちは疑惑を解消することはなかったけれども、その批判をかわし切ったと言える。批判する世耕に対し、官僚たちも黙っているわけではない。反撃を開始する。

 

 

国会議事録を読む/第001回国会 隠退蔵物資等に関する特別委員会(その4宇都宮事件②) - おとなの勉強会に続く